Wednesday, August 17, 2011
「らしさ」の呪縛から人々は解き放たれねばならない。
人は「自分らしく」ありさえすればよい。
それ以外のすべての社会的行動規範は廃絶されるべきである。
この二十年ほどそんな話ばかりだった。
だが、そう主張した人々は「感情の成熟」ということについてどこまで真剣に考えていたのだろうか。
私たちは子どものときは「子どもらしさ」を学習し、それから順次「男らしさ/女らしさ」や「生徒らしさ」や「年長者らしさ」や「老人らしさ」を学習してゆく。さらには育児や老親の介護を通じて、「子どもに対する親らしさ」や「(親に対する)子どもらしさ」といった変化技を学習してゆく。
さらに職業によって「クラフトマンシップ」や「シーマンズシップ」のような固有のエートスを身につけてゆく。
そのようにして習得されたさまざまな「らしさ」が私たちの感情を細かく分節し、身体表現や思考を多様化し、深めてゆく。
感情の成熟とはそのことである。
感情表現について | 内田樹の研究室

原発作業員については、英紙『インディペンデント』のデビッド・マクニール記者も26日付で、「フクシマ停止のため未来を犠牲にする青年」という記事を発表。取材した20代の「ワタナベ・アツシ(仮名)」氏は、東京の雑踏にいると休日中の郵便配達員や建設作業員にも見えるが、実は福島第一原発の停止という「この地球上でもっとも特別な仕事のひとつ」に携わっているのだと、記事は書きます。

東電の地元下請け企業に就職して以来、10年以上前から「当たり前のように」福島第一で働いてきた「ワタナベ氏」は(仮名なのは、会社が実名取材を禁止しているからと)、「日本や東京に安全な電力を供給するのが自分たちの仕事で、それに誇りを持っていた」と話したと。「この仕事ができる人は少ししかいない。僕は若くて独身だし、この問題の処理を手伝うのは自分の義務だと思う」とも。

ワタナベ氏は事故後の原発での作業を断ることもできたが、妻子のいる同僚はなるべく原発に行かせないという言わずもがなの配慮が仲間内にあったと記者に話しています。月給は18万円。「昼食手当て」と呼ぶ1日1000円が追加された以外は、震災前と給料は同じ。

記事によるとワタナベ氏は自分の今後の健康について、あるいはもし子供ができたら……と考えて、すでに結婚は諦めている。そして記事によると彼は自分を特攻隊の飛行士になぞらえて、国の最後の守りのつもりでいるらしい、とも。

「若い事務員と同じくらいの給料で、彼とその仲間たちは、普通の生活を諦めたのだ。彼は総理大臣に会ったことはない。地元の県知事にも、東電社長にさえ、会ったことがない。子供をもつことは決してないし、若死にするかもしれない。これが別の世界だったら、ウォール街のトレーダー並みの給料をもらってもおかしくないのだが、そう言うと彼は笑う。『引退するときになったら、ペンやタオルをもらって、それでおしまいだと思う。それが僕の仕事の値打ちなんですよ』」

ウォール街のトレーダー並みの報酬を得てもなんらおかしくない、人類にとって貴重な仕事をしている人に、月収18万を与えてそれで済ませて、「原発は安い」と言っている。これはいったい何の茶番なのかと、そういう記者の怒りが行間から響きわたるような文章です。ワタナベさんが結婚を諦めたそのコスト、それはいったい、原発の発電コストにどう計上されているのでしょうか。

原発日本のこれからの経済の話 原発コストに含まれていないもの | Japanなニュース
Wednesday, April 20, 2011 Friday, March 25, 2011
ranpie:

minimumsho:

NHKのアナウンサーはこれだけのモニターを見�… on Twitpic

NHKのアナウンサーはこれだけのモニターを見ながら冷静に原稿読んでる

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NHKのアナウンサーはこれだけのモニターを見�… on Twitpic

NHKのアナウンサーはこれだけのモニターを見ながら冷静に原稿読んでる

Thursday, February 3, 2011
 けだし、人間は自ら「意味が見いだせない」中で働くこと、動くことが難しい生き物です。もちろん、意味だけで人は生きているわけではないけれど、それを無視して生活できるほど、人は強くない。それで、意味の喪失という状況に対応して、様々な問題が組織に噴出している。そういうことなんだろうな、と思うのです。 NAKAHARA-LAB.NET 東京大学 中原淳研究室 - 大人の学びを科学する: 「たかが意味、されど意味の時代」・・・会社・組織で起こっている問題の「ねっこ」は何か!?

もうとにかく「身体の準備が先」だそうです。

たしかに、どのベテラン選手を見てもまずコンディショニングを真っ先に、そして徹底的に行います。

技術的な事は、一度掴んでしまうとよっぽどの事が無い限り忘れる事がないと聞いた事があります。

あるベテラン選手も、技術が後退したと感じた事は一度もなかった。と。

ただ、その技術を表現する身体がなければ

技術を持ってないも同じです。だからコンディショニングが重要だと。

月刊 東出輝裕 2月号 - Takuya Suzukawa
Monday, January 31, 2011
別の場所から

別の場所から

雪に埋もれる福井

雪に埋もれる福井

Tuesday, January 25, 2011
『あしたのジョー』と同じで、ゴールめざして走っている間はパンチ・ドランカー症候群は発症しないのである。
そういうことが過去20年間に2回あった。
最初は93年の春、次は96年の秋。
93年の春は、離婚して、小さな娘の手を引いて神戸に移ってきて、見知らぬ街で、新しい職場に適応するために必死になって二年間がむしゃらに生きた後、ようやくいろいろなことが片づいて、ほっと一安心したところで高熱を出して倒れて、3週間入院した。
96年は震災のあと1年間大学再建のために必死になって働いて、ようやくいろいろなことが片づいて、ほっと一安心したところで壮絶な不眠症と鬱に襲われて、これは97年の春まで半年近く悶え苦しんだ。
どちらも「気合いで体力の不足を補う」という無理を長期にわたって続けたことの「ツケ」を払ったのである。
どこかで「前払い」してもらったものは、そのうち「精算」を求められる。
ちゃんと帳尻は合っているのである。
四月になれば私は・・・ (内田樹の研究室)